吉岡幸雄先生 記念講演会 発心 1

4月8日(土)三十周年記念講演会 発心 に吉岡幸雄先生を講師にお招きし御講演賜りました。

先生との関わりは3月1日のブログをご覧になって下さいませ。御講演内容にふれてまいりたいと思います。お話はまず、絹の起源から始まりました。植 物染料で仕事をしているといつも昔の人はどうしていたのかギモンに思いながら仕事をしています。そのようなことが一番役にたちます。今回の展覧会名は「不 易」ですが、新しい美術がどうこうというのではなく、いわゆる不易なもの、すなわちそれは流行にとらわれず人々が普通に営んできた結果を私は頂いていると 思います。

絹の起源について話が続いていきます。絹の起源は三千年前から五千年前、中国で発見されました。伝説的な黄帝の娘か奥さんが繭を湯の中に落し、拾い 上げようとしたら糸口からするすると絹糸がとれたと言うことらしいです。先生は次に板絵の図を掲げます。それは英国のオーレル・スタインはホータンに近い ダンダン・ウィリク遺跡で発掘した板絵で女性が髪を束ねた中に桑の種と蚕を隠し持ち、持ち込んだ伝説を描いた物でした。これは絹糸がシルクロードでの最も 重要な戦略物資であったわけです。錦は金と同等の美しい織物の意味を有し、人々を魅了しました。絹の持つタンパク質のせいか植物染料との相性が極めて良 く、絹織物は美しい多彩な物となり人を魅了しました。権力が生まれ、国家となると象徴として華やかで豪華な衣裳を求めるように成ってくるわけです。

随の時代までは経錦が中心であり650年を境に緯錦へと変わっていきます。これはペルシャ、インドの絨緞を織っている技術が中国へ渡り、緯錦への技 法に結びつくとか。法隆寺へは600年前後のものが有り、初期に入ってきたものは経錦。四騎獅子狩文錦は緯錦です。正倉院には経、緯の両方の錦があり、移りかわりを示しています。

先生は伝統的な仕事をしていると現代の世の中に応用が利くのかとお考えになっておられます。東大寺、二月堂で行われる修二会の非常に厳粛な儀式のなかで紅とくちなしと和紙の素の色を用い椿の造花をつくります。綾部市の黒谷の和紙を用い、紅は沈殿させ濃度を高め絵の具のような状況で和紙に塗り重ねます。表面を見ると艶紅と呼ばれる金色に輝く部分があり、それは蛍光反応を示すとお聞きしたことがあります。昔は色紙で作るようになっていたのを吉岡先生の お父様が草木染めで和紙を染める現在の形に再現されました。応用の一つとしてこのように伝統的な行事に伝統的な仕事を役立てることを考えておられます。古 法にのっとったものが変わってしまうとなかなか元に戻すことが難しくなってしまいます。私は昔からこの紅とくちなしで染められた椿の花が大好きで、今回の 御講演で紅とこの話にふれてくださいとおねがいしておりました。

NHKの番組でシャネルがこの紅に着目し、紅花を使った口紅を作りたいと吉岡先生を訪れ製作工程を番組にしたものがありました。たしか「紅とルージュ」というタイトルだったと思います。日本では昔から口紅として利用しており、濃度の高くなった紅は艶紅という金色を帯びた朱色になります。染められた和紙を見ても角度により金色に輝く部分を確認することができます。この口紅37AKA(AKB48ではありません)は薬事法でフランスでは販売できず、日本限定でした。あと記憶では茜とコチニールとの三色限定発売だったと記憶いたします。[発心 2 に続きます]